独りぼっちじゃないってこと。コミュニティにかける想い。

やっぱりコミュニティ運営は難しい。

5月にHOTDOG TIMESというメディアとU25というグループを立ち上げた。メディアを運営し、オンラインでNYの若者がコミュニケーションが取れる場所を作りながらいくつかイベントも開催した。それから2ヶ月強経ち、少しずつ、少しずつではあるがU25というコミュニティを知ってくれる人も増えてきた

僕は、このU25というコミュニティが流動的で活発な空間になるためにもっと人数を増やしたいと言ってきた。HOTDOGのメンバーには、「限りなくニューヨークにいる留学生を取り込みたいし、そのためにはまず規模を広げる必要がある」ということも言ってきた。

U25のイベントに対する批判の声

そんな中こんな声も聞こえてきた。

「勝俣泰斗っていうやつは、イベントにくる参加者から金を集めて儲けてる」
「値段とイベントの内容が見合っていない」
「数ばっかり集めても結局あいつは一人一人のことを見てない」

イベントの批判に相まって、根も葉も無い噂まで流れてきた。僕は建設的な意見なら批判も歓迎するが、どうでもいい噂に関しては誰にどう解釈されたっていいと思っているので、今回は触れない。

僕の中で、上のような批判はあって然るべきだと思っている。次に活かせるからだ。今まで日本ではイベントをたくさん開催したが、NYでのイベントは初めての経験だった。実際にやってみて、初めて分かることがたくさんある。こう言った意見を受けての反省点はシンプルだ。コンテンツを充実させること値段設定を是正すること

企画者の僕自身が一人一人を見ていないとかそういった問題に関しては、ある程度無視していい問題だと思っている。例えば7月に開催したBBQに関しては、僕が参加者全員と話すより先にやるべき細かいタスクがたくさんあったし、当日の運営も参加者の中から手伝ってくれる人たちで即興で役割分担したので、組織として運営が確立していない以上、僕がどうこうってよりは、参加者が交流する空間を作れるのが優先すべきゴールだと思っていたからだ。片方を取れば、片方が叩かれるような問題に関しては、運営側が組織として未熟な以上は仕方ないと割り切るしかない。もちろんそれを少しずつ改善していくのも課題であるわけだが。

ただ一つ。「あいつは何のためにイベントをやってるのか分からない」という声を耳にした。それに関しては、言いたいことがあるので言わせてもらうと、僕はみんながワイワイ楽しいみたいなイベントがやりたい訳じゃないと前から言っている。コンテンツを詰めて、コアな参加者を集めたいというよりは、NYで僕がまず最初にやるべきイベントとしては、「こういうコミュニティがあります」声を張り上げることが先だと思った。だからBBQという安直で人が集まりそうな、季節にあったイベントをしただけのことだ。

気軽にコミュニティに参加してもらいたかったので、BBQイベントの目的に関しても深くは言及していなかった。「コミュニティ、コミュニティ」言っていて、具体的にはどんなことなんだって思う人もいるだろう。その答えに行くまでもう少し我慢して読んで欲しい。

極めて個人的な僕の話。アメリカに来てから今まで。

僕はアメリカの大学に進学後、大学1年の時に鬱になって、2年前にアメリカの大学を退学になった。退学後の2年間は、東京でそれこそイベントを開催したり、インターンをしたり、自分でコミュニティを作れることも体感した。ゲストハウスのオーナーになってかけがえのない仲間ができて、バーの店長をやっていろんな人の居場所になれて。それはもう楽しかったけど、もっと成長したいと思って、今年の初めになってアメリカの大学に戻ってきた。大学に戻った当初は、東京で学んだことを今度はアメリカで試してみたいと意気込んでいた。今度はもっとアメリカでうまく立ち回ってやる。東京で得た自信を持ってアメリカで挑戦してやる。そう思っていた。

しかし、現実は全く違った。大学では授業に追われて気づけば周りに友達はいなかったし、唯一近くにいたアメリカ人のルームメイトともウマが合わずにいつしか会話は少なくなっていった。僕は、以前アメリカにいた頃の独りぼっちだったあの感覚が蘇ってゾッとした。鳥肌が立って怖くなった。「もうあの頃には戻りたくない。僕はこの2年で変わったんだ。うまく乗り切るんだ。」そんな想いは空回りするばかりで、日本にいる時に僕が好きだったコミュニティはここにはなく、仲間もいなかった

僕はせめて日本人と繋がりたいと思って、「こんなことがしたい」「あんなことがしたい」と話したこともあったが、当時僕の周りにいた日本人の言葉には、「面白いね。」はあっても「一緒にやろう」はなかった。また僕は、独りぼっちになった。

ふと東京にいた時の写真を見てみると、その頃の自分が生き生きして見えた。プライベートな連絡をほとんどしないが、東京時代の友人に電話をしてみたこともあった。友人は励ましてくれても、僕にはそれが辛かった。

もうあの頃の自分はいないんだよ。ここでは僕のことを知っている人はいない。

ただ自分を発信することもできずに、何を考えているかも分からない奴でしかないんだ。僕は、社会の誰とも接続していない感覚に襲われた。そして今独りでいる自分と、生き生きしていた頃の昔の自分のどっちが本当の自分が分からなくなった。僕が頭の中でぐるぐる巡らせている想いは、どこにも響かない。

まるで、昔プレイしたドラクエの中の世界にいるみたいな気分だった。ゲームの中で僕が「たいと」という主人公を仮想世界の中でコントロールし、「たいと」がいくら物語を進めて、その世界でお金を貯めても、その通貨はドラクエの中でしか使えない。僕がその世界で一生懸命戦ってボスを倒したとしても、現実は1人薄暗い部屋に籠ってコントローラーを握っているだけの1日でしかない僕が今まで東京で過ごした2年間は、本当は仮想ゲームの中の主人公を動かしていただけで、本当の自分は何も変えられず、誰とも繋がらず、独りぼっちで部屋にいる無力な人間でしかなかったのかもしれない。

また怖くなって、noteで新しいアカウントを作り、独り言を書いてみた。誰もフォローせず、誰にもフォローされず、自分の言葉が空を切って、虚しくタイムラインに残った。アメリカ人とたこ焼きしたいと思って、Amazonで買ったたこ焼きセットで1人学生寮の一室に籠ってたこ焼きをした。たこなんて近くに売っていなかったから、中身はなかった。前に大量買いしたたこ焼きの粉と水をただ混ぜて焼いた。

誰にも届かないタイムラインの独り言と誰もいないたこ焼き。見るも無残な悲しい状況でも、その時の僕はお腹が空いていた。20個のたこ焼きを食べ終わっても、まだ満たされなかった。こんな状況でも腹減るんだ。そう思うと、少し笑えてきた。そしてなんとなく、人間ってこういう生き物なのかも知れないって思った

独りぼっちじゃないんだってこと

話を戻す。なんのためにイベントをやっているのか。なんでU25をやっているのか。

そう言われたら、あくまで極めて個人的な感情の延長なのかも知れない。結局お前が寂しいからコミュニティ運営なんかやってんだろと言われたら、それもそうなのかも知れない。

でも僕は、みんなそうなんだと思ってる。ホントはみんな寂しいんだ。単身アメリカに渡って、一途の望みをかけてアートやダンスに励む人、語学学校に通いながら大学進学を目指してる人。大学にこもってジッと勉強ばかりしている秀才も、余った時間をバイトやインターンで埋めて忙しさを演じたいやつも、いろんなイベントに顔を出しては女を口説いてセックスしたいだけのやつも、みんなそうだ。みんな心のどっかに不安と孤独を抱えてる。みんな自分の心の穴を埋めたいと思ってる。

アメリカに再入学してから3ヶ月目、僕はNYで一緒にシェアハウスを立ち上げる仲間が欲しいという記事を書いた。そのおかげで、今も一緒に活動してるレオと出会った。休学してアメリカに来て、同じく独りぼっちの奴だった。僕は、彼と出会ってその日に一緒に住むと決めた。二つ返事で承諾したので、出会って2日目で内見に行って、とりあえず家を借りた。それからメディアができて、U25ができて、HOTDOGという団体ができた。ようやく仲間ができたんだ。

人は音の鳴る方へ集まる僕は、自分から声を出してはじめて仲間ができた僕にできることは、独りじゃないんだよって言うこと。独りぼっちじゃない場所があるんだよって言うことだ。アーティストに活躍の場所を与えたいし、クリエイターが集まる場所を作りたい。それも全部含めて、独りぼっちじゃないんだってことを伝えたいと思ってる。そのためにU25はもっと大きくしていかなきゃって思う。もっと目立ちたいし、もっと数を増やしたい。

イベントの話に戻ると、イベントの反省点はたくさんある。せっかく開いたイベントもマイナスの印象を抱かれてしまうようでは本末転倒だし、まだまだ改善していかないといけないということは百も承知だ。イベントやコミュニティに不平不満が出ることは仕方ない。僕らの運営がまだ下手くそなんだから

それでも僕は、止めずに声を張り上げる。ここに居場所があるよって。独りぼっちじゃないんだよって。まだ独りでもがいている誰かに向けて、僕は音を鳴らし続ける。

ABOUTこの記事をかいた人

たいと

ニューヨークの大学に留学中の23歳。 絵は描けないけど美大生。 『アートをもっと身近に』をテーマにアウトプット。海外生活や旅のことも書きます。 現在、ニューヨークで若者のクリエイターコミュニティを運営中。