これを読むだけでアートの流れが分かる!西洋美術史完全おさらい。〜アートは革命の歴史だ〜

こんにちは、たいと(@taito212)です。

アートは革命の歴史と言っても過言ではない。うんと遡れば、大昔の人が「ラスコーの壁に馬描いてみた」みたいな壁画でバズったのは、世界史の教科書にも出てくるくらいだからみんなも知ってると思う。

そういった原始美術から始まり、美術は今日に至るまで表現方法や表現媒体を変えながらどんどん進化してきた。既存のアートに対する「反抗」「アンチテーゼ」の中で革命を繰り返しながら、歩みを進めた美術の歴史を知ることは今の時代をどう生きるかのヒントになると思っている。

今回は、アートに興味のない人のためにも分かるように、僕なりの解釈で超ざっくりとアートの歴史を振り返ってみたい。


ルネサンス以前の美術

最初にあげたラスコーの壁画然り、文明と共にいろんな美術(?)と呼ばれるものが生まれた。でもこの時は、歴史の文脈で読むにはバラツキがありすぎて、「昔の人も”表現”をしてたんだなぁ」って感じ。

それから、ギリシャやローマで神殿作ったり、彫刻作ったり。中世に入ると、ローマ美術の流れを組んだキリスト教美術ってのが生まれた。要は聖書の物語を描いたり、教会の装飾をしたり。

それからロマネスクとかあるんだけど、めんどくさいからハショる。その後に出てきたのがゴシック美術。ゴシック美術っていうのは、「キリスト教の世界が抽象的すぎて分かんないw」ってことで、文字が読めない庶民でもキリスト教が分かるように、これでもかってくらい装飾をギラつかせてキリスト教の世界観を表現した時代。

ステンドグラスとかもこの時。ノートルダム大聖堂とかケルンの大聖堂など、いわゆる教会のイメージは多分このゴシック建築。(デッカいアーチがあって、先っちょが尖ってるやつね)

ケルン大聖堂

この後、100年戦争が起こって、大規模な建築が少なくなっていく。それで美術のメインストリームに躍り出たのが絵画だ。この時期の西洋絵画の見方が分からないって人がまず知っておいて欲しいのは、ほぼ全ての主題(美術の題材)は聖書のワンシーンだってこと。うまいとかうまくないとか以前に、「あぁあのシーンね」っていう見方をすると、すっと頭に入ってくる。

赤ちゃん抱えてる女性の絵があったら、それはほぼ100%聖母マリアとキリストの絵だし、天使が女性の元に降り立つシーンがあったら、それはほぼ100%天使が聖母マリアに「妊娠してますよ〜」って伝えにくる受胎告知のシーンだ。

聖書には旧約聖書と新約聖書があって、いろんな絵画を見ると世代を超えていろんな画家によって何度も同じシーンが描かれたりする。時代や画家ごとにどうやって聖書のシーンを表現していたかを見比べるのも楽しみ方の一つ

ゴシックの後、時代は近世に移行する。

ルネサンス期〜マニエリスム

遠近法の確立

近世はみなさんご存知、ルネサンスがイタリアで始まるんだけど、簡単に言うと「ギリシャとかローマの美術復活させようぜ」って運動。この動きは、オランダやフランスなど他のヨーロッパでも広がって、15世紀末から16世紀初頭にかけての約30年間は特に大ブームを巻き起こした。

この時、一点透視図法っていう描き方が生まれて、初めて遠近法って概念が採用された。人間は3次元のものを2次元の画面にうまく描く方法を生み出したんだ。これぞまさに一つの大革命。

ミケランジェロとかレオナルドダヴィンチが登場したのもここ。自然科学が発達したおかげで、解剖学の観点から絵を描くやつらも出てきた。

これは有名な「最後の晩餐」

最後の晩餐/レオナルド・ダ・ヴィンチ

ルネサンスの後に生まれたのが、マニエリスム「自然を凌駕する高度の芸術的手法」と定義づけられたもので、「ありのままを描くだけじゃなくって、絵画なんだから誇張したり、大げさに描くのもありっしょ?」って動き。

これはマニエリスムの画家が描いた最後の晩餐だけど、同じテーマでも遠近法の使い方がダイナミックだし(実際より極端)、人のポーズも大げさでしょ?

最後の晩餐/ティントレット

「ルネサンスとあんま変わんねーじゃん。」って思う人もいるかもだけど、確かにマイナーチェンジではあるんだよ。実際に17世紀以降の美術界でもディスられてた。でも21世紀に入ってからは、マニエリスムに対する意見も見直されて、しっかりと美術史のルネサンスとは違う一時代として位置づけられた。

バロック美術〜ロココ美術〜古典主義

もっとリアルな光の表現を

マニエリスムの後に生まれたのは、バロック美術

諸説はあるけど、バロックっていうのは「規範からの逸脱」って意味で、ルネサンスの様式は受け継ぎつつも、より現実的な表現が強調されるようになった。

例えば、これ。

サウロの回心/カラバッジオ

これはバロックの代表的な画家、カラバッジオが描いた「サウロの回心」って絵。これも聖書のワンシーンで、簡単に背景を説明すると、

サウロの回心

キリスト教徒を迫害していたサウロ(後のパウロ)がシリアのダマスカスに向かってる途中に、急に光を浴びて落馬し、キリストからの洗礼を受けた。後にサウロはキリスト教に改宗した。

この絵がどれくらい革命的だったかっていうのを知るには、ルネサンス時代にミケランジェロが描いた同じ主題の「サウロの回心」を観るのが一番。

サウロの回心/ミケランジェロ

全然違うでしょ?カラバッジオの絵の方がリアルで、現実的。カラバッジオは光の使い方がうまくて、明暗を上手に描いた

バロックの流れは、ヨーロッパ諸国で広まったんだけど、この辺から美術の主流がイタリアからフランスに移る。18世紀に入ると、美術史はまた革命を起こす。

もっとおしゃれでよくない?

「美術ってなんかかしこまってるけどさぁ、もっとおしゃれにしたくね?」。豪壮で華麗なバロックに対して、優美で繊細なロココ様式が生まれた。

こちらは有名なフラゴナールの「ブランコ」。ふわふわとした木々の中で戯れるフランス貴族の男女と、スカートの中を覗き込むスケベ。下世話なシーンが描かれるのも当時では珍しいこと。

ブランコ/フラゴナール

ピンときた人もいるかも知れないけど、あのディズニー映画「アナと雪の女王」でアナが宮廷で「生まれてはじめて」を歌うシーンで登場する。

補足
余談だけど、アナと雪の女王の舞台、ノルウェー南東部の都市アーレンダールから命名されたと推測できるアレンデール王国という場所はおそらく北欧の小国家。なぜ、アナの実家にフラゴナールの作品が飾られてたかは美術史最大の謎の一つである。

古典的な美術へ

ロココ様式は見ての通り、なんかリア充っぽくてふわふわしてる。絵のおしゃれ感がチャラい。そこで登場したのがナポレオンだ。

「え?ナポレオン?あの?」って思うかも知れないが、そう。あの戦いの天才、英雄ナポレオンだ。

ナポレオンの帝政時代、フランスの美術は「ロココみたいにチャラチャラしてないで、もっとフランスの栄光を讃えるべきだ」という風潮に変わってきた。ローマやギリシャ時代の美術をもう一度見習おうと、ここで生まれたのが新古典主義。ナポレオンはその辺の広報がうまくて、美術をプロパガンダの一部として捉えていた。

ナポレオンは結局失脚することになって、帝政は崩壊するんだけど、「古典主義はやっぱ堅苦しいって。もっと感性豊かになろうよ」ってことで、恋愛とか民族意識ってことに重きを置いたロマン主義が生まれた。

風景画ってありなん?

ロマン主義は自由を追求した。ここで、風景画とかも生まれて、「え?風景とかありなん?」っていう新しい流れが入ってきた。他にも、聖書だけが物語じゃない!ってことで、文学も盛んになった。それこそ、レミゼラブルなんかも出てきたり。

ウィリアム・ターナー/解体されるために最後の停泊地に曳かれてゆく戦艦テメレール号

そんな中、イギリスでは「ぶっちゃけルネサンス以降に出てきた美術ってつまんなくね?」っていうラファエル前派が中世の芸術を模範とした運動を始めたり。

お分かりの通り、美術史は否定したり、復興を掲げたりで忙しい。

産業革命と日本の開国

社会構造の変化〜産業革命の到来〜

それが19世紀後半になると、社会は構造を変える。「産業革命」だ。資本主義や科学技術が発達し、都市の階級対立が激化した。この産業革命ってのが、美術史にとってはめちゃめちゃ大イベントなわけよ。

ここからアーティストの試行錯誤は加速。

まずは、ロマン主義の流れを組んで「風景ありならもっと身近なこと描いていいじゃん。」って意見が出てきて、写実主義(リアリズム)が登場。現実をありのままに捉える絵が描かれ始め、産業革命によって生まれた階級の差に着目し、庶民の厳しい生活やシーンも美術の主題に加わった。

落ち穂拾い/クールベ

これ以降の美術家はマルクスの「資本論」にめちゃめちゃ影響受けてて、プロレタリアート(労働者階級)のアートに着目したり、機械じゃなくて人間が作る意味みたいなことをすごい考えるようになった。

美術品も工業化されて、デザインの概念が生まれたり、逆にハンドメイドが重要視されたり。「ゴシックの時は機械なんかなくて、全部人が作ってたからよかったのになぁ」みたいな懐古主義的なゴシックリバイバル(ゴシックの復活)の考えも生まれたり。

日本の影響

初の万国博覧会とかも開かれて、世界の美術が一箇所に集まる機会もできると世界中の美術が面白いようにシナプスを生んでいく。日本人目線でいくとこの頃、200年続いた鎖国が終わった。日本の開国によって、空前の日本ブームが到来ジャポニズムだ。浮世絵とか日本人独特の色彩感覚がヨーロッパにも影響を与える。

浮世絵がどうやって西洋のアートやデザインに影響を与えたかを説明しよう。

まずはこれ。映画グレイテストショーマンでも知られたP.T.バーナムが実際に使ったポスターなんだけど、それまでポスターってこんな感じ。風景をそのまま描いた感じで、デザインって感じじゃないでしょ?

日本の浮世絵をみてみると分かるように、手前の人たちと富士山が白い雲のシルエットで区切られてるでしょ?そして富士山が霧がかって、薄く見える。雲で区切られた2つの要素が重ね合わさるように配置されているこういう浮世絵の構図はヨーロッパでは斬新だった

富嶽三十六景/葛飾北斎

それで、デザインも形を変えて、いくつかの要素を色づかいやシルエットで区切って、一つの画面に見せる方法がヨーロッパでも流行った。⬇︎

Moulin Rouge: La Goulue/ アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック

ぶっちゃけ、当時の日本人は朝靄がかかった富士山が実際に東京から見えて、その通りに描いただけかも知れないけど。とにかく浮世絵を西洋人が解釈すると、新しい表現方法に繋がったんだ。

2つの発明品

日本ブームが西洋に影響をもたらしたと同時に、1870年代には今後の美術界で重要になってくる2つの道具が登場

一つはカメラ。この時、持ち運びできるレベルの既製品のカメラが使えるようになって、もはや写実的ってだけじゃ写真に敵わない時代になったのね。

そして、もう一つは絵の具チューブ。小学校とかで誰もが使うチューブ型の絵の具は実は1870年代に発明されたもので、それまではみんな絵の具の顔料を混ぜて、豚の膀胱に入れて持ち歩いてたの。これまじよ!キンタマを紐で閉じて、必要な時にひねり出して絵の具を使ってたの。考えるとゾッとするよねw 俺がキンタマひねって絵の具出てきたらまず病院行くよね。それはまた別か。

ともかく、それまではスケッチは外でするにしても、着色に関してはアトリエでの制作が基本だったんだけど、絵の具のチューブが発売されてからは、画家が外で活動できるようになったわけ。これかなりデカい発明よ。

印象派〜象徴主義

画家に個性が加わった

この二つの発明とジャポニズムの流れから生まれたのが、クロード・モネ

自然光の効果と儚い瞬間の本質を記録することに着目したモネは、カメラにできない繊細なタッチで、屋外の制作に励んだ。印象派と呼ばれる人たちが誕生。

The Japanese Footbridge/クロード・モネ

それまでの美術は、画家の筆跡を残すことがタブーとされていて、画家の”個性”を出すことがNGだったのね。それなのに、印象派は筆で書いてます感たっぷりの絵を書いたもんだから美術界は大騒ぎ。でもこれが革命的でもあったんだ。

アートっていうと、”自己表現”っていう感じがするけど、これまでのアーティストはどちらかというと職人に近かった。でも、モネがアート界に”個性”を解禁したから、アートがもっと自由になった。ゴーギャン、ゴッホもこの流れで後期印象派として登場。

眼に見えないことを描くこと

一方で、「絵で表現できるものってなんだ?」って考えた結果、芸術家の思考や精神世界、夢の世界を表現する人たちが出てきた。象徴主義だ。ものごとをそのまま描いたって仕方ない。ものが意味する抽象的な概念を描くべきだっていう動き。だんだん芸術が「現代」に向かって動き始めてるのが分かると思う。

これは、誰でも知ってるであろうムンク叫び。スマホで「ムンク」って打ったら、悲鳴あげてる顔文字出るレベルで超有名だけど、これも象徴主義の中で生まれた絵画。

叫び/エドヴァルド・ムンク

印象派も、象徴主義もどちらも今までの絵画の枠から飛び出そうと挑戦した中で生まれた前衛的な動きだった。

19世紀末になると、アール・ヌーヴォーっていう「新しい芸術」を意味する運動が始まった。建築、工芸品、グラフィックデザインなどの分野で、花とか植物などのモチーフや自由な曲線の組み合わせを使った装飾が誕生。

黄道十二宮/アルフォント・ミュシャ

今までの歴史の様式から離れて、いろんな表現手段を統合しようとした動きでもあり、個性や感受性を重視した動きはヨーロッパ全土に広がった。

しかし、第一次世界大戦を境に、装飾を否定する低コストなデザインが普及すると、「装飾は鬱陶しい。」って人たちが出てきて、幾何学図形をモチーフにしたアール・デコが生まれた。

20世紀美術

色の革命

20世紀に入ると怒涛の勢いで新しい表現が生まれる。「絵が上手いかどうか」ってだけでは鑑賞できない領域に入ってくるから、難しいって思う人も多いだろうけど、アーティストが何をしたかったのかってことを考えると少しは理解できると思う。

フォーヴィスム原色をめっちゃ使って、激しいタッチで眼に映る色ではなく、心が感じる色を表現した。アンリ・マティスとかがそう。フォービスムは色の表現をもっと自由にしたんだ。

帽子の女/アンリ・マティス

その後に生まれたのが、キュビスム

形の革命

ご存知、ピカソなどのアーティストによって誕生。これが超革命的。だって、今までみんな「光の描き方を変えてみよう」「描く題材を変えてみよう」「色の使い方を変えてみよう」って言ってたのに対して、「視点を変えてみよう」ってことを試みたから。

ルネサンスから続いた一点透視法をやめて色々な角度から描いたものをつなぎ合わせて一つの画面に落とし込むっていう全く新しいことにチャレンジした。

ダニエル=ヘンリー・カーンワイラーの肖像/パブロ・ピカソ

今までの絵画の常識を丸ごとひっくり返すキュビスムの、当時の人たちにとっての衝撃はやばかったと思う。「いやーーその手があったか!」って。ゴンさんが急に髪の毛伸びたくらいの、悟空が初めてスーパーサイヤ人になったくらいの衝撃走ったに違いない。(伝わんない人ごめん。)

この後の芸術家達は否が応でもピカソに影響を受けてきた。のちに生まれた未来派は、名前の通り、「伝統なんて糞食らえ」っていう勢いで、新しい時代にふさわしい機械美やスピード感、ダイナミズムを表現した。戦争をも賛美する未来派はイタリアで起こり、ファシズムにも受け入れられた。

「無」を描いてみよう

未来派は、ロシアでも形を変えて広がり、僕が好きなマレーヴィチらによって、シュプレマティズムが誕生。キュビスムがもたらした抽象化の究極系で、別名絶対主義とも言われる。

マレーヴィチは「自然を描くこと自体が、パクリ行為だ。」ってことを言い始めた。自然を描くくらいなら、自然眺めとけって。「現実にあるもの描いたら負け」的な考え方をガチで突き詰めた結果、何かしらの対象物を描くという行為そのものを否定したマレーヴィチは、「無」を絵画の対象にした。「無を描く」って発想がすごくない?

マレーヴィチがたどり着いた無の境地が、これ。

黒の正方形/マレーヴィチ

「何のこっちゃ」って思うかも知れないけど、突き詰めて突き詰めた結果たどり着いたこの経緯を知ってほしい。確かに誰にでも描けるって思うかも知れないけど、これを描くしかないって思った末に生まれた思考の限界的なこの作品は美術史に必要なものだったんだ。

マレーヴィチのこの作品は一種の抽象の到達点とも言われる。いわば、人類が月に着陸した時に立てた旗みたいなもんで、「ここまでたどり着きました」っていう印でもある。

その後、シュプレマティスムの幾何学的な形態が受け継がれて、それをさらに立体にも適応させたロシア構成主義が生まれた。

第3インターナショナル記念塔/タトリン

進化する抽象表現

オランダでは、ピエト・モンドリアンが、新造形主義ネオプラスティシズムを始めた。これも幾何学的な抽象表現を極めた様式のひとつ。モンドリアンはキュビスムの影響を受けて、自然風景を垂直と水平の要素にまで簡略化し、単純な構図に色の三原色を組み合わせるという美学を作った。

コンポジション/ピエト・モンドリアン

形而上絵画

抽象化に向かった美術とは別のもう一つの大きな流れとして、形而上絵画がある。これも現実には描けないものを描いている点では、フォービスムやキュビスム、抽象画と近いんだけど、奇妙なリアリティがある。真実と虚構の間みたいな世界観を表現したのがこれ。

Mystery and Melancholy of a Street/ ジョルジョ・デ・キリコ

「形而上絵画ってなんだ」って人のために説明すると、例えば形而上絵画の代表とも言えるジョルジョ・デ・キリコの絵はこんな特徴がある。

  • 画面の左右で、遠近法における焦点がずれている。
  • 人間がまったく描かれていないか、小さくしか描かれていない。
  • 彫刻、または、マネキンなどの特異な静物が描かれている。
  • 長い影が描かれている。作品によっては、画面内の時計が示している時刻と影の長さの辻褄が合わない。
  • 画面内に汽車が描かれており、煙を出しているので、走っていると思われるのに、煙はまっすぐ上に向かっている。

絵の中の時間や空間の制約を取っ払ったもの。実際に認識できないものを描くキリコの絵は、困惑や不安を生むとされてる。

通常、遠近法には消失点というものがある。例えば、レオナルドダヴィンチの「最後の晩餐」が完璧な絵と言われる所以は、柱、テーブル、天井、外の地平線の全ての線を延長した消失点が絵のど真ん中に向かっているから。

それに比べて、キリコの絵は、左の建物のラインと右の建物の一番上のライン、下の車の側面の消失点がずれているのが分かると思う。

現実にはありえない不自然な描き方をキリコは編み出し、絵に不気味な雰囲気を生んだ。

余談だけど形而上絵画は僕が好きなジャンルでもある。現実ではない別の世界に入り込んだ気分になる。村上春樹の小説を読んでいる時と同じ感覚。パラレルワールドを体感しているような、そんな気分。

実際に、村上春樹の「ダンスダンスダンス」の表紙の絵は、形而上絵画に近いものがあると思う

のちに、キリコが描いた不安が現実になるかのように起こったのが第一次世界大戦。

ダダという美術の革命〜鑑賞者が作品を作る〜

戦争に対する抵抗、そして虚無感から生まれたのがダダイズム。通称ダダは、今までの常識や秩序を否定して破壊するという思想的な試みが始まった。

マルセル・デュシャンが展覧会に出品した「」は、男性用の小便器にR. Muttという署名をしただけの作品。

泉/マルセル・デュシャン

この作品がどうすごいのかって言うのは、アートの捉え方をガラリと変えたところにある。

それまでの美術は、作品自体が美しいとか挑戦的であるっていうところで評価されてたんだけど、デュシャンはもはや作品を作らない。既存のものを「選択し、命名して、新しい価値を与える」ということをし始めた。そして注目すべき点は、「価値を与える」という行為を鑑賞者にも委ねたところ。

受動的に作品を観ていた今までの美術の鑑賞者は、「能動的に作品を解釈」しなくてはいけなくなり、鑑賞者が意味づけをして初めて作品になる。もう今までのマイナーチェンジとはレベルが違う。光とかテーマとか色とか視点とかいう次元じゃない大革命でしょ?

今までの美術のあり方を完全否定したダダは、「芸術とはなんぞや」っていう命題を掲げて、後のアート界に大きな影響を与えた。それから始まる現代アートは「新しい表現をすること」に価値を置くようになる

デュシャンがアートをもっと奇抜で難解にしたと同時に、もっと面白くした。

シュルレアリスム

第一次世界大戦後、新しい価値を創造する動きの中で生まれたのがシュルレアリスム。精神分析学のフロイトの思想と形而上絵画の影響も受けて、個人の意識よりも、無意識や集団の意識、夢、偶然などを重視したスタイルが出てきた。

鬼才ダリはシュルレアリスムの画家の一人。夢の中のような世界観が特徴的

記憶の固執/サルバドール・ダリ

シュルレアリスムのアーティスト達はいろんな表現方法を開発した。デコボコした素材の上に紙を敷いて、鉛筆で擦って絵を浮かび上がらせるフロッタージュや、ガラスに塗った絵の具を紙に写して模様を作るデカルコマニー、半ば眠った状態で筆を動かす自動筆記(オートマティスム)といった新しい手法を模索した。

ルネマグリットは、世界が持っている不思議を目に見える形で表現した。マグリットの絵はいつもハッとさせる仕掛けが施されている。

これは、マグリットの「貫かれた時間」。空っぽな部屋へと、時間と場所を超えて貫いてくる現実離れした機関車は不思議な印象を与える。

貫かれた時間/ルネ・マグリット

アートの中心がアメリカへ

第二次世界大戦が終わると、アートの中心はヨーロッパからアメリカに移った

ジャクソン・ポロックはシュルレアリスムに影響を受けて、無意識の中で絵を描くことを探求し、ボーリングドリッピングという手法を編み出した。それまでのアーティストがキャンバスを立てて絵を描いていたのに対し、ポロックはキャンバスを床に寝かせて、絵の具缶から直接、絵の具を滴らせ、羽散らかせて作品を作った

この手法はのちにアクションペインティングと言われて、作成中の姿も注目され、重要視された

ジャクソン・ポロックの制作風景

ポップアート

ポップアートの父」と言われるアンディウォルホールは、芸術を高尚なものとすることに反発して、大量生産される商品やマスメディアに登場する人物といった誰もが知ってるイメージを作品に取り込んだ

キャンベルのスープ缶/アンディ・ウォルホール

「ただの缶じゃん」って思うだろうけど、多分当時これを観た人全員が思ったに違いない。ウォルホール本人も「ただの缶だよ」って言うと思う。

ウォルホールは、何枚もすることが可能な版画の一種のシルクスクリーンっていう方法でこの作品を作って、「ユニークで奇抜で、人が感情を込めて描いたものが偉い」っていうアートの固定概念を覆した。彼は「自分」とかオリジナリティに無頓着で、表面的な表現にこだわった。「芸術なんて日常と変わんない」って言う彼のスタイルはアート界では驚きの考え方だった。

地球がキャンバス?

ロバート・スミッソンは作品の素材に地球を用いた。「もはやキャンバスに描かなくていいや」っていう。

彼の代表作、「スパイラルジェティー」自然の素材を使って作るランドアートと呼ばれたんだけど、さらにこれは時間の経過によって作品が変わる

スパイラルジェティー/ロバート・スミッソン

アメリカ、ユタ州のグレートソルト湖に作られたこの作品は、湖の水位が変化するので、数年に一度のタイミングでしか見ることができない。また、塩分濃度が海水より高いこの湖では、バクテリアが水面を赤く染めると共に作品が分解されていく。

スミッソンはこの場所でしか存在できないアートを作った。彼は、変わり続ける作品を作ることで、芸術に”時間”の概念を与えた


こうやってアートはどんどん多様化していった。

1980年代以降のアートは、歴史的な流れとして書くには複雑すぎるのでここでは書かないけど、西洋を中心に進んできたアートだけでなく、その他の地域のアートも注目されてきて、多文化で多国籍なアートが生まれてくる。

インスタレーションやデジタルアートも登場し、今も進化し続ける。

美術史の流れを見ると、「イマ」に対する否定の連続で、新しさを模索してきたアーティストの歴史が分かる。新しいもの、まだ誰も体感してないもの、今は価値がないもの。そう言ったものに目を向けて表現していくアートの歴史は、今に通じるものがある。

アートの歴史は革命の歴史だ。

今の時代の先にあるものは何だろう。次に人が価値を見出すものは何だろう。今この瞬間にもその答えをアーティストが形にしようとしているかもしれない。

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ABOUTこの記事をかいた人

たいと

ニューヨークの大学に留学中の23歳。 絵は描けないけど美大生。 『アートをもっと身近に』をテーマにアウトプット。海外生活や旅のことも書きます。 現在、ニューヨークで若者のクリエイターコミュニティを運営中。