ショートショート『クロ勉』

今まで経験した小話や日々のくらしの中にある「ちっちゃなことに全力疾走なショートショート」を紡ぎます。

ショートショート集『夜食ダッシュ』の第2回は中高時代の不思議な慣習「クロ勉」のエピソードをお送りします。

クロ勉

ーーーナルニア行ってくるわーーー

寮にはテスト前に必ず行われる慣習があった。

夜12時。

僕の中高の寮では、この時間は就寝時間と厳しく決まっていて、高校生でもこの時間になったら部屋を消灯することが義務付けられていた。

消灯時間を過ぎると、宿直といって日替わりで寮生を見守る先生が寮生の住む各フロアを見回りにくる。

寮生の部屋の扉には20cm四方の小窓が付いていて、部屋の外からでも中の電気がついているかどうかは確認できる。

消灯時間を過ぎて、部屋の電気が着いていようものならこっぴどく叱られた。消灯時間は絶対で、12時をまわった後は、たとえ勉強していようが、歯を磨いていようが、起きていることは許されない。

ただ、定期テストや期末テスト前ともなると、消灯時間後もどうしてもテスト勉強に励みたい生徒は少なからずいた。

先生の目をかいくぐって、勉強するにはどうすればいいか。

その術を模索した末、「暗幕」という手段を編み出したものもいた。

暗幕とは、ちょうど書道に使う黒い下敷きのような布のことで、この暗幕で部屋の小窓を覆い、部屋の中の光が漏れないようにして消灯時間後も勉強を続けるものが出てきた。

この裏技的手法は瞬く間に広まり、暗幕はテスト前の必須アイテムとなった。

しかし、人間は適応していく動物。見回りにくる先生サイドの中にも、暗幕の存在に気づくものが出てきた。

暗幕には致命的な弱点が三つあるのだ。

一つは、小窓に暗幕を被せたとて、扉の立て付け具合によっては扉自体の隙間から光が漏れてしまうこと。

これでは、消灯後廊下の電気も消えた後だと光が目立ってしまうのだ。

二つ目は、部屋のベランダの方から光が漏れてしまうこと。

寮生が住む建物はA棟、B棟、C棟に分かれていて、A棟のベランダは中庭を挟んでB棟の廊下と向かい合わせになる作りになっている。A棟の見回りを済ませた先生が、B棟の廊下を歩いていると、A棟のベランダ側からカーテン越しに部屋の電気がついていることが確認できてしまうのだ。つまりA棟に住む寮生にとって、暗幕だけではベランダ側からの監視を避けれないのだ。

何度も見回りをする先生たちの身にもなると可哀想なものだが、消灯後も電気がついている部屋があるとなると叱りに行くのは至極当然のこと。二重の見回りによって、捕まった暗幕使用者は過去に何人もいた。

三つ目の弱点は、暗幕は外から懐中電灯を照られると一発でバレてしまう事だ。

見回りをする先生も、何度も棟を跨ぎながら消灯を確認する手間を省こうと、入念に各部屋を確認するようになった。一見、消灯されているように見える部屋の小窓にも、懐中電灯を当てて暗幕が貼られていないか確認する。

こういった生徒を上回る先生の見回りによって、暗幕はもはや歯が立たなくなってしまった。

そこで編み出されたのが、クロ勉だ。

クロ勉とは、クローゼットの中で勉強することである。クロ勉は、部屋の電気を消した状態で行い、部屋の小窓を暗幕で覆ったりはしない。消灯時間後の見回りにくる先生にもバレない画期的な勉強法なのだ。

もう少し詳しく、クロ勉について説明をしよう。

まず寮のクローゼットは、部屋を入った両脇にあり、どの部屋も基本2人部屋なので各人が一つずつ必ず持っている備えつきの家具だ。洋服を収納できる横1m弱の引き出しが膝の高さに2段あり、その上に上着をかけられる棒のついた少し大きめの空間がある。その大きめの空間には、横幅と同じサイズの取り外し可能な棚用の板が2枚と両脇の壁に取り外しできるネジの穴がいくつかついており、ネジの位置を調節することで棚の幅や高さを決めることができる。

クロ勉をする時は、クローゼットの中にかかった上着をできるだけ端に寄せ、棚を勉強できるちょうど良い高さになるように調節する必要がある。クローゼットの中の整理が終わると、コンセントから延長コードを引っ張ってきて、テーブル用の電気スタンドのコードをクローゼットの通気用の穴に通し、棚に電気スタンドを置けば完成だ。あとは、通気用の穴からわずかな光が漏れるのを布で覆えば、驚くほど快適な光が手に入る。

部屋の小窓からもベランダからも光が漏れることのないという画期的な発明だ。

それからというもの、暗幕を凌いでクロ勉は消灯後の勉強手段の主流になり、寮生の慣習となった。

「明日がテストなのに、勉強してない」なんて状況になると、最終手段としてクロ勉をすることになる。

「クロ勉する」は寮生の間では、当たり前のように動詞として使われていたが、中には同じ意味で「俺ナルニア行ってくるわ」と言ってクローゼットの世界に出かけていくやつまで出てきた。ナルニア国物語がクローゼットの中に入って始まることから生まれた類語だ。

僕は、消灯時間を過ぎているのに、クローゼットに隠れて勉強する時間がたまらなく好きだった。

そこにはどこか罪を犯しているような、甘美な楽しさがあり、誰にも見つからずに、他の誰をも抜けがけて勉強に勤しむ行為が本当に別世界を旅してきているような気分にさせたのだ。

さて、クロ勉を繰り返した僕は、毎度テストを切り抜けられたのだろうか。

もちろん、人より多く勉強をする手段を必死に模索し、クロ勉に励んでいたのだからテストでは高得点出ないと説明が付かないのだが、単刀直入にいって、僕の成績は”凡”だった。

そもそも、決められた時間内に学習が追いつかないというのは、やり方の効率に問題があるのであって、時間を増やせばなんとかなる問題ではない。そして、クロ勉が如何に革命的とは言えど、狭い空間に篭って背を曲げ、首を曲げ勉強する作業効率といったら決して良いとは言えなかった。クローゼットの中は、夏は暑いし、冬は寒い。

「朝飯前の30分はクロ勉の2時間に勝る」

という格言も生まれたほどに、クロ勉は非効率の極みであったことが後になって判明した。

卒業してから、クロ勉なんて言葉は文字通り死語と化したが、大学に進学してもテスト前になると、僕は思い出す。

あの誰にも邪魔されない自分だけの空間を。沈黙と淡い光に包まれたクローゼットの中の別世界を。

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ABOUTこの記事をかいた人

たいと

ニューヨークの大学に留学中の23歳。 絵は描けないけど美大生。 『アートをもっと身近に』をテーマにアウトプット。海外生活や旅のことも書きます。 現在、ニューヨークで若者のクリエイターコミュニティを運営中。