夜食ダッシュ

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たいと

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ニューヨークの大学に留学中の23歳。 絵は描けないけど美大生。 『アートをもっと身近に』をテーマにアウトプット。海外生活や旅のことも書きます。 現在、ニューヨークでクリエイターの集まるシェアハウスを作るため尽力中。

ショートショート始めました。

これから、今まで経験した小話や日々のくらしの中にある「ちっちゃなことに全力疾走なショートショート」を紡ぎます。

第一回は、ショートショート集のテーマでもある中高時代の不思議な習慣「夜食ダッシュ」のエピソードをお送りします。

夜食ダッシュ

ーーー僕らは走った。全力でーーー

僕の思春期は全寮制の中高一貫校で完結してた。

中学高校合わせて、全生徒240人足らずの小さな学校。

九州のへそと呼ばれるところにある山奥の寮で、僕は12歳からの6年間を過ごした。

そこには、ゲームもない、パソコンもない、携帯電話もない。

何にもなかったけど、そこには確かに何かがあった。

そこではいつもちっちゃなことに全力で。

変わらない景色の中でいろんなものをみた。

僕の中高のスケジュールはこうだ。

朝は6時20分に起きて点呼。7時から朝食。(この時間帯は食堂でテレビを見ることは許可されていた。)

7時半に寮を出て学校へ。僕はサッカー部だったので、朝練をしにグランドへ。

学校が終わると、6時半まで部活をして、寮に戻る。

6時半から7時半までが夕食。(この時間帯は食堂でテレビを見ることは許可されていた。)

それから8時までが風呂の時間だ。

8時10分から9時までは寮での学習時間①。

学習時間①の終わりを告げるチャイムがなると、掃除の時間が10分間ある。

判で押したような決まり切った生活。

そして、9時10分。

それはようやくやってくる。

夜食の時間だ。

寮で生活していると、変な癖が身につく。

全寮制で食事は朝昼晩、食堂で食べることになる。栄養士さんによって毎日違う献立が用意されているとは言え、それはあまりに健康に遵守しているので如何せんおかずの量が少ない。食べ盛りの僕らの胃袋には少し物足りないんだが、何故か白飯だけはエンドレスでお代わりできる仕組みになっていた。

僕らは、少ないおかずでもってご飯を大量にたいらげる技をマスターしていた。

そんな技を持ってしても、午後9時過ぎには腹が減っている。

寮では朝昼晩の3食以外で、自分の部屋で食事を摂ることが禁止されていて、(お菓子は許可されているが、寮の外に外出できるのは休日の午後のみで、コンビニも近くにない)例えばカップラーメンを部屋で食おうとする輩が見回りをする先生に見つかると、こっぴどく叱られる。

だから、僕らにとっての夜食は、その日で最後に合法的に食にありつける唯一の時間なんだ。

そこで問題になるのは、いかにその夜食を腹にためるかということ。

かなり数が限られてはいるが、夜食は全寮制分に加えてプラスアルファで数人分お代わりできることがある。

そのお代わりを獲得できるかできないかによって、その後の学習時間②、学習時間③のモチベーションに大きく差が出る。

9時に掃除時間が始まると、寮生からリクエストのあった音楽が流れる。

寮では、各学年で5〜6人ごとに1グループの生活班に分けられていて、掃除の担当場所が割り振られている。

そのグループで廊下や階段、洗濯室、トイレ、洗面所などの掃除を毎日10分間するのだが、掃除時間も終わりに近づくと、次第に脳と体が食堂を向きだし、各々が少しずつ食堂に近い方にポジションどりを行いだし、まるで2塁に盗塁を図ろうとする野球のランナーみたいにリードを取り始める。

音楽が止まる直前、放送室で掃除時間の終了を告げるアナウンスをする生徒がスイッチを入れる音がわずかに「ポッ」っとなる。

これがスタートの合図だ。

そこから、夜食ダッシュが始まる。

「清掃終了の時間です、お疲れ様で・・。」

この時には、既に数名は第一コーナーを曲がって、食堂の入り口にたどり着く。

食堂の入り口には、手洗い場がある。これを素通りすることも可能なんだが、「いくら走っても構わないが、食堂に入る前は手だけは洗え」という暗黙の了解があり、秒速で手を洗う。

F1レースにピットでのタイヤ交換が必要であるようなものだ。

ここでの混戦でレースの結果が大きく変わることもあるので、できるだけ時間を縮める努力をした結果、洗うというよりは、手を濡らす作業である感じは全く否めないが、とにかく食堂に入る。

再度加速して、食堂の奥の大テーブルに置いてある夜食、例えばシュークリームを手に取る。

レースはまだ終わりじゃない。

手にしたシュークリームの包装を破りながら、できるだけ無駄のないターンを決めると、学年ごとに指定された8人がけのテーブルに一直線に向かう。

おかわりできる条件は、テーブルについて出された夜食を食べきることが大前提なのだ。

テーブルに着くや否や、全神経は目の前のシュークリームを口に入れることに集中する。

おかわりを手に入れるためであれば、この一つ目の夜食に関して、味を噛みしめる時間なんてものはない。

文字通り口の中に詰め込む作業だ。

明文化されていないので曖昧ではあるが、口に入りさえすれば、夜食を食べきったことになるルールなので、頬張るように口の中にシュークリームを入れた段階で立ち上がり、再度大テーブルへダッシュする。

この時点で出遅れてしまった者の中には、既におかわりを諦め始める者も出てくる。

今、口に詰め込んで走れば、おかわりに間に合うか。いや、ここは諦めて手元のシュークリームを味わうべきか。

その判断は、各々の裁量に委ねられる。

自分の周囲、他学年のテーブルを見渡し、自分より早く立ち上がった奴が何人いるか、ここで駆けつけたら自分が何番目に滑り込めるのか。

それはもう賭けでしかない。

自分を信じて走った者には、おかわりができるわずかな可能性が残されるが、走らなければ、その可能性はゼロになる。

わずかな望みをかけて、立ち上がり駆け出す。

ここまでは、清掃終了のアナウンスが流れて、わずか1分足らずの出来事だ。

無事一つめのシュークリームを口にしまいこみ、口をモグつかせながら大テーブルに駆けつけた寮生たちは列をなす。

大抵、おかわりができるのは、6〜20人ほど。夜食の種類によっても割と変動がある。

怒涛のスピードで1〜5着に並べた者たちは安堵の表情を浮かべる。

あとは、寮の給食委員が「おかわりどうぞ〜」という声を待つのみだ。

6〜20着についた者たちはまだ気も休まらない。

「俺の方が先だった」だの「押した押してない」だの、到着した後に順位を巡った小競り合いを始めるものもいるくらいだ。

列の後ろの方の者たちは、大テーブルに並べられている少しずつ減っていくシュークリームの数と自分が並んでいる順番を照らし合わせ、自分がお代わりできるかできないかを計算する。

明らかに数が足りないと悟った者たちは、走った努力も虚しく、引き返していく。

そこでも残った20名前後の寮生が給食委員の合図を待ちわびている。

給食委員は、全寮生が概ね一つ目の夜食を取ったことを確認すると、おかわりの許可をだす。運命の瞬間だ。

「おかわりどうぞー」

この声が響くとともに、並んでいた者たちはついにおかわりを手にすることができる。

待ってましたと言わんばかりに、おかわりのシュークリームを手に取る寮生たち。

もう急ぐ必要もないのだが、心は浮き足立っている。

後ろの方に並ぶ者たちは、自分の分が残っているのか不安そうな表情を浮かべているが、おかわりを手にした前列の者から一人一人表情に花が咲き始める。

少しずつ減ってくるシュークリーム。

6、5、4・・・・

この段階で、都合があって食堂に来るのが遅れた生徒が、のこのこやって来る時もある。

給食委員の合図があった後ではあるが、一つ目の夜食をまだ取っていない生徒が優先されるので、急にシュークリームの残りの量と自分の順番に乱れが出ることもある。

列に並ぶ者の中には遅れてきた生徒に野次を飛ばす者もいるが、状況は変わらない。

厳しい世界だ。

3、2、1・・・・・

全ての夜食がなくなると、おかわりにあぶれた敗者達は虚しくも戦場(食堂)を後にする。

敗者達は、おかわりを成し遂げた者達が今度はゆっくりとじっくりと噛みしめるようにシュークリームを味わいながら口にするその音と、はなからおかわりを諦めた者達の「ほれ、みたことか。」という冷たい視線に苦しむことになる。

点呼が終わると、9時半から、10時40分まで学習時間②、10時50分から11時40分までは学習時間③。

この間に、敗者達は自分の走りを省みる。

自分に何が足りなかったのか・・・。自分が劣っていた部分はどこなのか・・・。

そんな自問自答を繰り返して、反省しつつ、翌日に向け自分を鼓舞する。

夜食は明日もやって来る。

ここで、立ち止まるわけにはいかないのだ。

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